「CBAMの対象業界は6つあるけど、うちの業界は他と何が違うの?」
前回の鉄鋼業界編では、鉄鋼特有の課題を深掘りしました。
でも、同じCBAM対象でも、業界によって対応が全然違うんです。
今回は、主要3業界(鉄鋼・アルミ・セメント)の違いを一覧表で比較。 自分の業界の位置づけが一目で分かります。
目次
- なぜ業界別に違いがあるのか
- 3業界の基本データ比較
- 詳細比較①:対象となる排出量の違い
- 詳細比較②:日本への影響度
- 詳細比較③:業界特有の課題
- 詳細比較④:対応のポイント
- 業界横断の共通課題
- あなたの業界はどうすべき?判断フローチャート
- まとめ:業界の違いを理解して効率的に対応
1. なぜ業界別に違いがあるのか
CBAMは全業界に同じルールを適用しているわけではありません。
製造プロセスが違う
鉄鋼:
- 高炉で鉄鉱石を還元
- 燃料由来のCO2が多い
アルミ:
- 電気分解でアルミを製造
- 電力消費が圧倒的
セメント:
- 石灰石を焼成
- 原料自体がCO2を放出
製造プロセスが違えば、CO2の出方も違う。 だから、対応も変わります。
EUの狙いが違う
鉄鋼・アルミ: → カーボンリーケージ防止(生産拠点の海外移転を防ぐ)
セメント: → 域内産業保護の色が濃い(EU域外からの輸入は少ない)
日本の産業構造も違う
鉄鋼:
- 大企業から中小まで幅広い
- 複雑なサプライチェーン
アルミ:
- リサイクル産業が発達
- 新地金の生産は少ない
セメント:
- 日本からEUへの輸出はほぼない
- 直接影響は限定的
この「3つの違い」が、業界別の対応を決めています。
2. 3業界の基本データ比較
まず、全体像を表で見てみましょう。
項目 | 鉄鋼 | アルミニウム | セメント |
---|---|---|---|
日本のEU向け輸出 | 多い(影響大) | 少ない(影響小) | ほぼなし |
対象排出量 | Scope1のみ (直接排出) | Scope1のみ (直接排出) | Scope1 + 2 (直接+間接) |
主なCO2排出源 | 燃料燃焼 (コークス等) | 電気分解 (電力) | 石灰石焼成 (原料+燃料) |
中小企業比率 | 高い | 中程度 | 低い |
リサイクルの重要性 | 中 | 極めて高い | 低い |
経産省ガイドライン | あり (ねじ・ボルト) | なし | なし |
業界団体の動き | 活発 (反対表明) | やや静か | ほぼなし |
この表を見るだけで、自分の業界の立ち位置が分かります。
3. 詳細比較①:対象となる排出量の違い
鉄鋼・アルミ:Scope1のみ
2026年本格適用後も、直接排出(Scope1)のみが対象
これが何を意味するか?
✅ 電力の脱炭素では不十分
- 再エネ電力に切り替えても、CBAM対策にはならない
- 製造プロセス自体の脱炭素が必須
✅ 水素還元製鉄などの革新技術が注目される理由
- 燃料をコークスから水素に変える
- 製造プロセスそのものを変革
❌ 移行期間中(2023-2025)はScope2も報告
- 電力使用量のデータも必要
- 将来的に対象拡大の可能性も
セメント:Scope1 + Scope2
2026年以降も、直接+間接排出の両方が対象
なぜセメントだけ違うのか?
理由1:製造プロセスの特性
- 石灰石(CaCO3)を焼成すると、化学反応でCO2が出る
- これは「プロセス排出」と呼ばれ、燃料とは別
理由2:電力使用量も多い
- 粉砕工程で大量の電力を使用
- Scope2も無視できない
✅ セメントは両面作戦が必要
- プロセス排出の削減(燃料転換、CCS等)
- 電力の脱炭素化(再エネ導入)
移行期間中の違い
全業界共通:
- 2023年10月〜2025年12月は、Scope1とScope2の両方を報告
2026年以降:
- 鉄鋼・アルミ → Scope1のみ
- セメント → Scope1 + Scope2
つまり、セメントだけずっと両方報告が続きます。
4. 詳細比較②:日本への影響度
鉄鋼:影響度 ★★★★★(最大)
数字で見る影響:
- 日本からEUへのCBAM対象輸出の大部分が鉄鋼
- EU向け輸出は鉄鋼生産全体の約3.1%(少なく見えるが…)
- ねじ・ボルトなど二次加工品も対象
なぜ影響が大きいのか:
理由1:中小企業が多い
- ねじ・ボルト製造は中小企業比率が高い
- データ管理体制が整っていない企業が多い
理由2:複雑なサプライチェーン
- 外注の連鎖(熱処理、メッキ等)
- 全ての外注先のデータが必要
理由3:EU市場への依存度
- 一部の企業はEU向けが売上の大半
- 「3.1%」という全体平均は意味がない
アルミニウム:影響度 ★★☆☆☆(限定的)
数字で見る影響:
- 日本からEUへのアルミ輸出は比較的少ない
- 直接影響を受ける企業は限られる
でも、油断できない理由:
理由1:サプライチェーン全体で対応が必要
- 直接輸出していなくても、取引先経由で影響
- 自動車部品などの川下製品が将来対象になる可能性
理由2:リサイクル材の扱いが複雑
- 新地金とリサイクル材で排出量が全く違う
- 混在している場合の計算が難しい
理由3:業界団体のガイドラインがない
- 鉄鋼のような専用ガイドラインがない
- 手探りで対応する必要
セメント:影響度 ★☆☆☆☆(ほぼなし)
数字で見る影響:
- 日本からEUへのセメント輸出はほぼゼロ
- 直接的な影響は極めて限定的
それでも知っておくべき理由:
理由1:間接的な影響はある
- EU向け輸出していた安価なセメントが日本市場に流入
- 競争激化の可能性
理由2:他国のCBAM導入の動き
- 英国、オーストラリアなども検討中
- 将来的に対象地域が拡大
理由3:技術開発のヒント
- EUのセメント業界が進める低炭素技術
- 日本の技術開発の参考になる
5. 詳細比較③:業界特有の課題
鉄鋼業界の3大課題
課題1:外注先データの収集
町工場の典型的なフロー:
線材購入 → 自社で成形 → 外注A(熱処理)
→ 外注B(メッキ) → 検査・出荷
問題点:
- 外注先も中小企業が多い
- 「CBAM?何それ?」状態
- データ収集に時間がかかる
課題2:製品単位の算定
工場全体ではなく、製品ごとに排出量を出す必要:
- 同じラインで複数製品を作っている
- 製造時間で按分するなど、複雑な計算
課題3:前駆体(線材)の排出量把握
線材サプライヤーからデータをもらう必要:
- 大手サプライヤーは対応してくれる?
- もらえない場合はデフォルト値(総排出量の20%以内)
アルミニウム業界の3大課題
課題1:新地金 vs リサイクル材の区別
排出量の違い:
- 新地金(ボーキサイトから):排出量が多い
- リサイクル材:新地金の3〜5%のエネルギーで製造可能
問題点:
- 混在している場合、どう計算する?
- トレーサビリティの確保が難しい
課題2:電力依存度が高い
アルミ製造は電気分解が中心:
- 電力消費が圧倒的に多い
- Scope2が大きい(移行期間中は報告必須)
でも:
- 2026年以降はScope1のみ対象
- 電力の脱炭素化だけでは不十分
課題3:業界ガイドラインの不在
鉄鋼にはあるが、アルミにはない:
- 経産省の専用ガイドラインがない
- 各社が独自に対応する必要
- 業界団体の動きも鉄鋼ほど活発ではない
セメント業界の3大課題(将来的に)
課題1:プロセス排出の削減
石灰石を焼成すると化学反応でCO2が出る:
- これは燃料転換では減らせない
- CCS(CO2回収・貯留)が必要
- または、代替原料の開発
課題2:Scope1 + Scope2の両方対応
他業界と違い、電力も対象:
- 粉砕工程の電力使用量が多い
- 再エネ導入も検討が必要
課題3:日本の技術を世界に展開
日本のセメント産業は技術力が高い:
- カーボンリサイクルセメントの開発
- 廃棄物を原料として活用
- この技術を海外展開できるか
6. 詳細比較④:対応のポイント
鉄鋼業界:今すぐやるべきこと
ステップ1:経産省ガイドラインの活用
ねじ・ボルト製造なら:
これをダウンロードして、まず読む。
ステップ2:外注先リストの作成
製造フローを紙に書き出す:
- 誰が何を担当しているか
- 外注先の連絡先
- 協力してもらえそうか、事前に探る
ステップ3:線材サプライヤーへの依頼
まず問い合わせる:
- 「CBAM対応で、体化排出量データが必要です」
- 「提供可能かどうか教えてください」
ステップ4:日本鉄鋼連盟の動向チェック
業界団体が:
- ガイドラインを更新
- 支援ツールを提供
- セミナーを開催
これらを見逃さない。
アルミニウム業界:今すぐやるべきこと
ステップ1:リサイクル材比率の把握
自社製品の原料構成を確認:
- 新地金:何%
- リサイクル材:何%
- 混在の場合、どう区別するか
ステップ2:トレーサビリティの確保
原料の出所を追跡できるように:
- 購入記録の整理
- サプライヤーからの証明書
- ロット管理の徹底
ステップ3:電力データの整理
移行期間中はScope2も報告:
- 電気代の明細(12か月分)
- 使用量の推移
- 排出係数の確認
ステップ4:業界横断の情報交換
ガイドラインがないなら:
- 同業他社と情報共有
- 勉強会の開催
- 共通の悩みを話し合う
セメント業界:今すぐやるべきこと
ステップ1:EU市場への関与度チェック
直接輸出していなくても:
- 取引先がEU向け製品に使っていないか
- 将来的に影響する可能性は?
ステップ2:低炭素技術の動向把握
EU・日本の技術開発を追う:
- カーボンリサイクルセメント
- CCS(CO2回収・貯留)
- 代替原料の開発
ステップ3:Scope1 + Scope2の両方準備
セメントは特殊:
- プロセス排出の把握
- 電力使用量の把握
- 両方のデータ管理体制
ステップ4:国際展開の検討
日本の技術を活かす:
- アジア市場での展開
- 技術ライセンス
- 共同開発
7. 業界横断の共通課題
業界は違っても、みんなが困っていることがあります。
共通課題1:データ収集の負担
どの業界も:
- 12か月分のエネルギーデータ
- 生産量の記録
- サプライヤーからの情報
解決策:
- まず、手元にあるデータから始める
- 無料ツールを活用(タンソチェック、ScopeX等)
- 段階的に精度を上げる
共通課題2:中小企業の負担
どの業界も:
- 専任担当者を置けない
- システム投資の余裕がない
- 専門知識がない
解決策:
- 兼任でOK(週数時間でも)
- Excelで管理から始める
- 業界団体・商工会議所の支援を活用
共通課題3:サプライヤーとの連携
どの業界も:
- サプライヤーが協力してくれない
- データの質がバラバラ
- 依頼の仕方が分からない
解決策:
- 丁寧な説明(なぜ必要か)
- 記入シートの提供
- 段階的な依頼(主要サプライヤーから)
- 詳しくは既存記事「サプライヤーへのデータ依頼、どうやる?」参照
共通課題4:将来の不確実性
どの業界も:
- 対象製品が拡大する可能性
- ルールが変わる可能性
- 他国もCBAM導入の動き
解決策:
- 最新情報を定期的にチェック
- 経産省、ジェトロのウェブサイト
- 業界団体のメールマガジン登録
8. あなたの業界はどうすべき? 判断フローチャート
自分の業界でやるべきことを整理しましょう。
ステップ1:影響度の確認
Q1:あなたの業界は?
→ 鉄鋼
- EU向け輸出がある、または取引先が輸出している
- → 緊急度:高
- 今すぐ対応開始
→ アルミニウム
- EU向け輸出は限定的
- → 緊急度:中
- 情報収集と準備開始
→ セメント
- EU向け輸出はほぼなし
- → 緊急度:低
- 動向把握と技術研究
ステップ2:優先アクションの決定
鉄鋼業界の場合:
□ 経産省ガイドラインをダウンロード(今日)
□ 外注先リスト作成(今週)
□ 線材サプライヤーに問い合わせ(今週)
□ 自社の排出量データ収集開始(今月)
□ 日本鉄鋼連盟の情報をチェック(定期的に)
アルミ業界の場合:
□ リサイクル材比率の把握(今週)
□ 電力データの整理(今月)
□ トレーサビリティ確認(今月)
□ 同業他社との情報交換(3ヶ月以内)
□ 業界動向の定期チェック(毎月)
セメント業界の場合:
□ EU市場への関与度確認(今月)
□ 低炭素技術の情報収集(継続的に)
□ Scope1+2のデータ把握方法検討(3ヶ月以内)
□ 国際展開の可能性検討(1年以内)
□ 他国CBAM動向の把握(定期的に)
ステップ3:体制の整備
どの業界も:
□ 担当者を決める(兼任OK)
□ 社内に状況を共有
□ 外部リソースの活用を検討
- 業界団体
- 商工会議所
- 専門家(必要に応じて)
9. まとめ:業界の違いを理解して効率的に対応
長い記事でしたが、要点をまとめます。
3業界の違い(再掲)
業界 | 日本への影響 | 対象排出量 | 緊急度 |
---|---|---|---|
鉄鋼 | 大 | Scope1のみ | 高 |
アルミ | 限定的 | Scope1のみ | 中 |
セメント | ほぼなし | Scope1+2 | 低 |
業界別の最優先アクション
鉄鋼: → 経産省ガイドライン活用 + 外注先データ収集
アルミ: → リサイクル材管理 + 業界横断の情報交換
セメント: → 技術動向把握 + 長期的な準備
すべての業界に共通すること
- 完璧を目指さない(30点→50点→70点)
- 一人で抱え込まない(業界団体、仲間と協力)
- 段階的に進める(今日から、できることから)
- 最新情報を追う(ルールは変わる可能性)
最後に
「うちの業界は大丈夫」
そう思っていても、サプライチェーンで繋がっているかもしれません。
鉄鋼業界が対応すれば、アルミやセメントにも影響が波及します。
業界の垣根を越えて、情報を共有し、協力する。
それが、CBAM対応の一番の近道です。
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※この記事は、経済産業省のガイドライン、ジェトロのレポート、各業界団体の公表資料などを参考に作成しています。最新の情報は、各機関の公式サイトでご確認ください。
※「ここが違う」「こういう視点も必要」というご意見があれば、ぜひ教えてください。一緒に、より良い情報を作っていきたいと思っています。
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