前回までで、カーボンフットプリントの計算方法を学びました。
でも、実際に計算しようとすると、大きな壁にぶつかります。
「サプライヤーからデータをもらわないと、計算できない」
自社の排出量(Scope1、2)は自分で把握できます。
でも、原材料や部品の排出量(Scope3)は、サプライヤーに聞かないとわからない。
ここで、多くの中小企業が立ち往生します。
「どうやって頼めばいいの?」
「断られたらどうしよう…」
「そもそも、向こうもわかってないんじゃ…」
今回は、この最大の悩みに答えます。
なぜサプライヤーへの依頼が難しいのか?
まず、現実を理解しましょう。
難しい理由1:相手も知識がない
多くのサプライヤー、特に中小企業は:
- CBAMのことを知らない
- カーボンフットプリントの計算方法がわからない
- 「なんで急にそんなこと言われるの?」状態
あなたと同じ状況です。
難しい理由2:力関係がある
あなたが大手企業の場合:
- 「データ出せ」と言えば、相手は従わざるを得ない
- でも、相手は内心不満かも
あなたが中小企業の場合:
- 「お願いベース」にならざるを得ない
- 断られても強く言えない
- 取引に影響が出るのでは…という不安
難しい理由3:工数がかかる
サプライヤーにとって:
- データを調べる時間がかかる
- 計算する手間がかかる
- それに対する対価がない
「なんで無償でやらなきゃいけないの?」
これが本音です。
でも、やらないといけない
厳しい現実ですが:
2026年以降、データがないと:
- EU向け製品が輸出できない
- 大手取引先から切られる可能性
- 自社の競争力が落ちる
やるしかないんです。
依頼する前の準備:5つのステップ
いきなり「データください」は失敗します。
まず、準備が必要です。
準備1:自社の状況を整理
サプライヤーに依頼する前に:
□ なぜデータが必要なのか説明できる
□ どんなデータが必要か明確
□ いつまでに必要か決まっている
□ 自社のScope1、2は既に把握済み
「自分たちも頑張ってます」という姿勢が大事。
準備2:必要なデータを絞る
最初から完璧を求めない。
まずは:
- 主要な原材料・部品だけ
- 購入量の8割を占めるものに絞る
- 「まずこれだけ」という優先順位
段階的に広げていく方が現実的。
準備3:依頼文のテンプレート作成
毎回ゼロから書くのは大変。
テンプレートを作りましょう。
(後ほど具体例を示します)
準備4:相手の負担を減らす工夫
何も用意せずに「よろしく」はダメ。
準備すべきもの:
- 記入用のExcelシート
- 記入例・サンプル
- よくある質問(FAQ)
- 排出係数のリスト
「これに沿って書けばOK」という状態にする。
準備5:社内の合意形成
営業担当者が困らないように:
□ 経営層の承認を得る
□ 営業部門と事前に相談
□ 「取引への影響」を配慮した依頼文
□ 断られた時の対応を決めておく
全社で取り組む体制が大事。
依頼文の書き方:実例とポイント
では、実際の依頼文を見てみましょう。
パターン1:初回の依頼(丁寧版)
件名:【重要・ご協力のお願い】EU向け製品に関する環境データご提供のお願い
○○株式会社
ご担当者様
いつもお世話になっております。
株式会社△△の□□と申します。
突然のお願いで恐縮ですが、
貴社からご提供いただいている製品・部品について、
環境データのご提供をお願いしたくご連絡いたしました。
【背景】
2026年1月より、EUが導入する「CBAM(炭素国境調整メカニズム)」
という新制度により、EU向け輸出製品について、
製造過程でのCO₂排出量データの提出が義務付けられます。
弊社もEU向け製品を扱っており、サプライチェーン全体の
排出量データを把握する必要が生じました。
【お願い内容】
貴社からご購入している下記製品について、
CO₂排出量データをご提供いただきたく存じます。
・対象製品:[具体的な品名]
・必要なデータ:製品1kg(または1個)あたりのCO₂排出量
・提出期限:○月○日まで
・記入方法:添付のExcelシートにご記入ください
【ご参考資料】
・記入用Excelシート(記入例つき)
・CBAMについての簡単な説明資料
・よくある質問(FAQ)
ご不明な点がございましたら、遠慮なくお問い合わせください。
弊社でもできる限りサポートさせていただきます。
お忙しいところ誠に恐縮ですが、
何卒ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。
【お問い合わせ先】
株式会社△△
環境対応担当:□□
TEL: XXX-XXXX-XXXX
Email: XXXX@XXXX
パターン2:簡潔版(既に関係性がある場合)
件名:CO₂排出量データご提供のお願い
○○株式会社
ご担当者様
お世話になっております。△△の□□です。
EU向け製品の新規制(CBAM)対応のため、
貴社製品のCO₂排出量データをご提供いただけますでしょうか。
■対象製品:[品名]
■必要データ:製品1kgあたりのCO₂排出量(kg-CO₂/kg)
■期限:○月○日
■記入シート:添付のExcel
記入例もつけておりますので、ご参照ください。
ご不明点あればお気軽にご連絡ください。
よろしくお願いいたします。
ポイント解説
1. 背景を説明する
- 「なぜ必要か」を明確に
- 法規制であることを伝える
- 「あなただけじゃない」と理解してもらう
2. 具体的に依頼する
- どの製品について
- どんなデータが必要か
- いつまでに
- どうやって提出するか
3. 負担を減らす
- 記入用シート添付
- 記入例提示
- FAQ用意
- サポート窓口明記
4. 丁寧だけど、軽すぎない
- 「お願いベース」でも、重要性は伝える
- 期限は明確に
協力してもらうコツ:7つのポイント
コツ1:タイミングを選ぶ
避けるべき時期:
- 決算期
- 繁忙期
- 大型連休前
良いタイミング:
- 通常発注のついで
- 定期会議の場
- 余裕がありそうな時期
コツ2:段階的に依頼
一度に全部はNG。
ステップ1: 主要3社だけ
ステップ2: 追加5社
ステップ3: 残り全部
最初の3社で「やり方」を確立してから拡大。
コツ3:「みんなやってます」を伝える
「業界全体の動きです」
「他社様も対応されています」
「避けられない流れです」
孤立感を持たせない。
コツ4:Win-Winを示す
サプライヤーにとってのメリット:
- 自社の環境対応力が上がる
- 他の取引先からも求められる時に対応できる
- 今のうちに体制を作れば、後が楽
「あなたのためでもあります」
コツ5:小さく始める
最初は「概算でOK」と伝える。
「正確な数字は後からでも大丈夫です」 「まずは大まかな把握から」
ハードルを下げる。
コツ6:感謝を伝える
データをもらったら:
- すぐにお礼の連絡
- 進捗を報告
- 「助かりました」を伝える
次回も協力してもらうため。
コツ7:対価を検討する
無償が当然ではない。
検討すべきこと:
- データ提供に対する手数料
- 次回発注での優遇
- 技術サポートの提供
相手の工数を尊重する姿勢。
拒否された時の対処法
「できません」と言われた。
どうしますか?
対処法1:理由を聞く
まず、なぜできないのか確認。
よくある理由:
- やり方がわからない
- データがない
- 時間がない
- 優先度が低い
理由によって、対応が変わります。
対処法2:「一緒にやりましょう」提案
やり方がわからない場合:
「弊社でサポートします」
「記入例を一緒に見ながら」
「電話で説明させてください」
手を差し伸べる。
対処法3:段階的な依頼に変更
時間がない場合:
「まずは電力使用量だけでも」
「概算値でも構いません」
「来月でも大丈夫です」
要求水準を下げる。
対処法4:業界団体の情報を提供
「業界団体でガイドラインが出ています」
「同業他社の事例があります」
「こちらの資料をご参照ください」
「あなただけじゃない」を示す。
対処法5:上位者に相談
どうしても進まない場合:
営業部門と相談して:
- 営業担当から話してもらう
- 経営層から依頼してもらう
- 定期会議の議題にする
組織的に動く。
対処法6:代替手段を使う
最終手段:
サプライヤーからデータが得られない場合:
- 業界平均値を使う
- 類似製品のデータで代用
- EU公表のデフォルト値を使う
ただし:
- 精度は落ちる
- コストが高くなる可能性
- 将来的には実測値が必要
一時的な対応として。
対処法7:取引の見直し
極端なケース:
どうしても協力してもらえず、 他に代替サプライヤーがいる場合:
取引先の変更も検討。
厳しい判断ですが、2026年以降は: 「環境データを出せないサプライヤー = 取引継続困難」
になる可能性があります。
よくある質問と回答
Q1:「そんなデータ、持ってません」と言われた
A:一緒に計算する提案を。
「電気代の明細はありますか?」
「それだけでも、おおよその計算ができます」
「弊社でサポートしますので」
ゼロから一緒に作る。
Q2:「有料になります」と言われた
A:金額によっては支払いを検討。
妥当な範囲(数万円程度)なら:
- 支払いを検討
- 次回発注で調整
- 他の形で還元
無償が当然ではない。
Q3:「他社からも同じ依頼が来て困ってる」
A:業界で統一フォーマットを。
「業界団体で共通フォーマットを作れませんか?」
「一度作れば、使い回せます」
「弊社も協力します」
業界全体で効率化。
Q4:「精度に自信がない」と言われた
A:「概算でOK」と伝える。
「完璧でなくて大丈夫です」
「まずは把握することが大事です」
「後から精度を上げていきましょう」
ハードルを下げる。
Q5:小規模サプライヤーが多くて大変
A:主要なところから優先。
パレートの法則(80:20):
- 購入額の80%を占める20%のサプライヤー
- まずそこだけでもOK
段階的に拡大。
サプライヤー向け記入シート:そのままコピペして使えます
以下の表をコピーして、Excelに貼り付けてお使いください。
【基本情報】
項目 | 記入欄 |
---|---|
貴社名 | |
ご担当者名 | |
連絡先(Email) | |
製品名・型番 | |
報告単位 | □ 1kg あたり □ 1個あたり □ その他( ) |
報告期間 | 20__年__月〜20__年__月 |
【CO₂排出量データ】
項目 | 数値 | 単位 |
---|---|---|
Scope1(直接排出)※1 | kg-CO₂/単位 | |
Scope2(電力等の間接排出)※2 | kg-CO₂/単位 | |
合計 | kg-CO₂/単位 |
※1 Scope1:工場で燃料を燃やす、製造プロセスで出るCO₂など
※2 Scope2:購入した電力・熱・蒸気を使うことで出るCO₂
【計算根拠(わかる範囲で結構です)】
項目 | 記入欄 |
---|---|
主なエネルギー源 | □ 電力 □ ガス □ 重油 □ その他( ) |
使用した排出係数 | □ 環境省DB □ 業界標準値 □ 自社実測値 □ その他( ) |
計算方法 | □ 概算(推定値) □ 実測値 |
算定範囲 | □ 自社工場のみ □ 原材料含む □ その他( ) |
【備考】
項目 | 記入欄 |
---|---|
データの精度 | □ 高(実測値・検証済み) □ 中(概算・未検証) □ 低(推定値) |
今後の対応予定 | □ 精度向上予定 □ 第三者検証取得予定 □ 現状維持 □ 未定 |
不明点・質問 | |
その他特記事項 |
【記入例:参考にしてください】
基本情報:
- 貴社名:○○製作所
- 製品名:鋼材(SS400)
- 報告単位:1kg あたり
- 報告期間:2024年1月〜12月
CO₂排出量データ:
- Scope1:0.5 kg-CO₂/kg
- Scope2:1.1 kg-CO₂/kg
- 合計:1.6 kg-CO₂/kg
計算根拠:
- 主なエネルギー源:電力、ガス
- 使用した排出係数:環境省DB
- 計算方法:概算(推定値)
ポイント:
- わからない項目は空欄でもOK
- 概算値で結構です
- ご不明点はお気軽にご連絡ください
このシートをExcelにコピペして、サプライヤーに送付できます。
まとめ:サプライヤー連携の心得
長くなりましたが、要点をまとめます。
依頼する前に
□ 自社の状況を整理
□ 必要なデータを絞る
□ 記入シートを用意
□ 社内合意を取る
依頼するときに
□ 背景を丁寧に説明
□ 具体的に依頼
□ 負担を減らす工夫
□ サポート窓口を明記
協力してもらうために
□ タイミングを選ぶ
□ 段階的に依頼
□ Win-Winを示す
□ 感謝を伝える
拒否されたら
□ 理由を聞く
□ 一緒にやる提案
□ 要求水準を下げる
□ 代替手段を検討
最も大事なこと
「お互い様」の精神。
- あなたも取引先から同じことを求められる
- サプライヤーも他社から求められる
- 業界全体で協力する姿勢
一社だけでは解決できない。
次回予告
次回は、データが集まった後の話:
「第三者検証って何?どうすればいい?」
- 第三者検証が必要な理由
- どこに頼めばいいのか
- 費用はいくらかかるのか
- 準備すべきこと
CBAM対応の最終段階を解説します。
※この記事は、学びながら発信しています。実際の経験談や、「こうしたらうまくいった」という事例があれば、ぜひ共有していただけると嬉しいです。
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