前回の記事で、CBAM対応の「最初の3ステップ」をご紹介しました。
その中で、最も多くの企業が困っているのが「データ収集」の部分です。
「カーボンフットプリント(CFP)を計算しろって言われても、何をどう計算すればいいの?」
今回は、この疑問に答えます。
専門家じゃなくても理解できるように、できるだけわかりやすく解説していきます。
まず理解すべき:Scope1、2、3とは?
カーボンフットプリント計算でまず出てくるのが、この「Scope(スコープ)」という言葉。
これは、CO₂排出量を3つの範囲に分けて考える国際基準です。
Scope1:直接排出
自社が直接出すCO₂のこと。
具体例:
- 工場でガスや重油を燃やす
- 社用車のガソリン
- 製造プロセスで化学反応が起きてCO₂が出る
計算式:
排出量 = 燃料使用量 × 排出係数
例:重油を10リットル使った → 10リットル × 2.71kg-CO₂/リットル = 27.1kg-CO₂
Scope2:間接排出(エネルギー)
買った電気・熱・蒸気を使うことで間接的に出るCO₂
具体例:
- 工場の電気使用
- オフィスの空調
- 購入した蒸気
計算式:
排出量 = 電力使用量 × 排出係数
例:電気を1,000kWh使った → 1,000kWh × 0.455kg-CO₂/kWh = 455kg-CO₂
Scope3:その他の間接排出
サプライチェーン全体で出るCO₂
これが一番複雑で、15のカテゴリに分かれています。
主な例:
- カテゴリ1:購入した製品・サービス(原材料など)
- カテゴリ4:輸送・配送(上流)
- カテゴリ9:輸送・配送(下流)
- カテゴリ11:製品の使用
- カテゴリ12:製品の廃棄
計算式:
排出量 = 活動量 × 排出係数
例:原材料を100kg購入 → 100kg × 12kg-CO₂/kg = 1,200kg-CO₂
CBAM文脈では?
CBAMで主に問われるのは、Scope1とScope2です。
ただし、今後Scope3も対象になる可能性があるので、理解しておく必要があります。
基本の計算式:たったこれだけ
難しそうに見えますが、基本はシンプルです。
CO₂排出量 = 活動量 × 排出係数
活動量: どれだけ使ったか(電力量、燃料量、原材料量など) 排出係数: それを使うとどれだけCO₂が出るか(公表されている数値)
これを、すべての活動について足し算するだけ。
実際の計算手順:5つのステップ
ステップ1:算定範囲を決める
B2C企業(消費者向け): 「ゆりかごから墓場」(Cradle to Grave) → 原材料調達から廃棄・リサイクルまで全部
B2B企業(企業向け): 「ゆりかごからゲート」(Cradle to Gate) → 原材料調達から生産まで
まずは、どこまでを対象にするか決めましょう。
ステップ2:活動量データを集める
必要なデータ:
- 電気・ガスの使用量(請求書を見る)
- 燃料の購入量(ガソリン、重油など)
- 原材料の使用量(購買記録)
- 製品の生産量
- 輸送距離・重量
ポイント: 最初から完璧を目指さない。
手元にあるデータから始めましょう。
- 電気代の明細
- ガソリンのレシート
- 購買伝票
これで十分スタートできます。
ステップ3:排出係数を調べる
排出係数は、公的機関が公表しています。
主な情報源:
- 環境省「温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度」
- 環境省「サプライチェーン排出量算定用データベース」
- 経済産業省の各種ガイドライン
例:
- 電力(全国平均):0.455kg-CO₂/kWh
- 重油:2.71kg-CO₂/リットル
- ガソリン:2.32kg-CO₂/リットル
これらの数字は、ネットで無料で手に入ります。
ステップ4:計算する
具体例で見てみましょう。
【例:小さな町工場の1ヶ月分】
Scope1(直接排出):
- 重油を500リットル使用
- 500 × 2.71 = 1,355kg-CO₂
Scope2(電力):
- 電力を10,000kWh使用
- 10,000 × 0.455 = 4,550kg-CO₂
Scope3(原材料):
- 鋼材を5トン購入
- 5,000kg × 2kg-CO₂/kg = 10,000kg-CO₂
合計: 1,355 + 4,550 + 10,000 = 15,905kg-CO₂ = 約15.9トン-CO₂
これが、この工場の1ヶ月のCO₂排出量です。
ステップ5:製品単位に割り振る
CBAMで求められるのは「製品1個(または1トン)あたりの排出量」です。
例: この工場で、1ヶ月に製品を20トン生産したとします。
製品1トンあたりの排出量 = 15.9トン-CO₂ ÷ 20トン
= 0.795トン-CO₂/トン
これが、製品の「体化排出量」です。
使えるツール:お金をかけずに始める
「手計算は大変…」と思いますよね。
安心してください。無料または低コストで使えるツールがあります。
無料ツール
- 会員登録不要
- Scope1、2を即座に算定
- オンラインですぐ使える
2. タンソチェック
- 無料プランあり
- Scope1、2、3全て対応
- グラフ化機能つき
- チャットサポートあり
3. ScopeX
- 無料プランあり
- 活動量を入力するだけ
- 簡単操作
- 大阪府、神奈川県などが提供
- 無料でWeb算定
- 期間限定の場合もあるので要確認
低コストツール(月額数千円〜)
1. アスエネ(ASUENE)
- 業界標準データベース搭載
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- 月額制
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4. e-dash
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- 豊富な導入事例
政府・業界団体の支援
経済産業省:
- カーボンフットプリントガイドライン(無料)
- EU-CBAM 共通フォーマット使用ガイドライン
- ねじ・ボルト等におけるEU-CBAM 用算定ガイドライン
- カーボンフットプリント ガイドライン(別冊)CFP 実践ガイド
環境省:
業界団体:
まずは無料ツールで試してみて、必要に応じて有料版にアップグレード。
これが賢いやり方です。
よくある間違いと対処法
実際に計算してみると、いろんなミスが起きます。
代表的な失敗例をまとめました。
間違い1:単位の変換ミス
よくあるケース:
- kgとトンを間違える
- CO₂とCO₂e(CO₂換算)を混同
- kWhとMWhを間違える
対処法: 計算前に、すべてのデータの単位を確認。 できればExcelで単位変換の列を作る。
間違い2:範囲の抜け漏れ
よくあるケース:
- パート・契約社員の分を除外
- 一部の工程を忘れる
- 海外拠点を範囲外にしてしまう
対処法: チェックリストを作る。 「これは入ってる?」を一つずつ確認。
間違い3:排出係数の選択ミス
よくあるケース:
- 古いデータを使う
- 適用範囲が違う係数を使う
- 出典を記録しない
対処法:
- 最新の公式データを使う
- 出典・年度を必ずメモ
- 不明な場合は専門家に確認
間違い4:二重計上
よくあるケース:
- 取引先と自社で同じ輸送を計上
- Scope1と3でダブる
対処法: 取引先と事前に「誰が何を計上するか」を確認。
間違い5:データの根拠が不明確
よくあるケース:
- 「どこから持ってきた数字か覚えてない」
- 「誰が計算したかわからない」
対処法: 計算の度に:
- データ出典
- 計算日
- 計算者
- 前提条件
これらを必ず記録する。
実例:鉄鋼製品のCBAM算定
より具体的に、実際の計算例を見てみましょう。
前提
ある中小の鉄鋼加工工場:
- 製品:ねじ・ボルト
- 年間生産量:鉄鋼ねじ15トン
- 工場の年間直接排出量:40トン-CO₂
- 製造時間:800時間
計算手順
1. 直接排出量の配分
工場全体の排出量を、製造時間で配分します。
鉄鋼ねじへの配分 = 40トン-CO₂ × (800時間 ÷ 総稼働時間)
仮に総稼働時間が1,460時間だとすると:
40 × (800 ÷ 1,460) = 21.92トン-CO₂
2. 製品単位の排出量
製品1トンあたり = 21.92トン-CO₂ ÷ 15トン
= 1.46トン-CO₂/トン
3. 投入材料の排出量を加算
原料鋼材を10トン使用。 鋼材の体化排出量は2トン-CO₂/トンとします。
材料からの排出 = 10トン × 2トン-CO₂/トン
= 20トン-CO₂
製品1トンあたりに換算:
20トン-CO₂ ÷ 15トン = 1.33トン-CO₂/トン
4. 合計
直接排出:1.46トン-CO₂/トン
材料排出:1.33トン-CO₂/トン
─────────────────
合計:2.79トン-CO₂/トン
これが、この製品の「体化排出量」です。
段階的アプローチ:完璧を目指さない
「こんなに複雑なの、無理…」
そう思った方、安心してください。
いきなり完璧を目指す必要はありません。
フェーズ1:まずScope1、2だけ(1〜3ヶ月)
- 電気・ガスの使用量だけ計算
- 無料ツールを使う
- 大まかな把握でOK
目標: 30点を取る
フェーズ2:主要製品を正確に(3〜6ヶ月)
- 売上の8割を占める製品に絞る
- 製品単位の計算を始める
- 有料ツールの導入検討
目標: 50点を取る
フェーズ3:Scope3を追加(6ヶ月〜1年)
- 原材料の排出量を加算
- サプライヤーとの連携開始
- 外部検証の準備
目標: 70点を取る
フェーズ4:全製品・全工程(1年〜)
- 全製品をカバー
- サプライチェーン全体に拡大
- 第三者検証取得
目標: 90点を取る
100点は目指さなくていい。 まずは30点から。
いつ専門家に頼むべきか?
こんな状況になったら、コンサルに頼むタイミングです:
頼むべきサイン
✅ 基本データは集まったが、精度を上げたい
✅ 第三者検証が必要になった
✅ サプライヤーへの依頼方法がわからない
✅ 複雑な製品の配分計算ができない
✅ EU提出用の正式フォーマットが必要
まだ早いサイン
❌ データが何もない
❌ 社内体制が整っていない
❌ 「とりあえず丸投げしたい」という姿勢
まず基礎を学んで、自分でできることをやってみる。
そうすれば、コンサル費用を削減できます。
まとめ:計算は怖くない
長くなりましたが、要点をまとめます。
カーボンフットプリント計算の基本
- Scope1、2、3を理解する
- 「活動量 × 排出係数」で計算
- 無料ツールから始める
- よくある間違いに注意
- 段階的に精度を上げる
今日からできること
□ 電気・ガスの明細を集める
□ 無料ツールを試してみる
□ 環境省のガイドラインをダウンロード
□ 業界団体の支援ツールを確認
完璧を目指さず、まず始める。
これが一番大事です。
次回予告
次回は、もっと実務的な話題を:
「サプライヤーへのデータ依頼、どうやる?」
- 依頼文の書き方
- 協力してもらうコツ
- 拒否された時の対処法
中小企業の最大の悩みがここなので、詳しく解説します。
※この記事は、学びながら発信しています。「ここが違う」「こういう視点も」というご意見があれば、ぜひ教えてください。
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